2012年2月28日火曜日

徳島のドイツとポルトガル(毎日新聞旅行)

梅田→明石海峡大橋→徳島:JR坂東駅→四国八十八カ所一番札所・霊山寺→阿波の一の宮・大麻比古神社→二番札所・極楽寺(昼食)→鳴門市ドイツ館→香川→ドイツ兵俘虜慰霊碑→ドイツ村公園→映画「バルトの庭」ロケセット→眉山ロープウエイ→モラエス館→モラエス顕彰碑→モラエス翁旧居跡

徳島を訪れるのは初めて。
そして、なんと寒い一日だったか!
なんと博識な!佐竹道男氏による案内。

眉山からみると、海に面したさして大きくない町、徳島市。
坂東という門前通りとかあるのに今は地名としてはないそうだ。
残念ながら、地名変更で趣をなくしたところはたくさんある。

しかし
この地には埋もれたお話がたくさんあって、なんだかたくさんの事を知ったような一日だった。
ドイツ兵俘虜収容所では交響曲第九が日本で初めて演奏されたと聞いたことがある。
それは音楽のみならず、木工、石工、農業、畜産、食文化等をこの地に伝えていた。
佐竹氏の深い知識に基づいた話はウンウン!と心に沁みて大満足。

また、佐竹氏は徳島市がモラエスを評価していないことを嘆いていた。
いや、彼はモラエスを大好きなんだ。
本国ポルトガルへ帰る費用は十分にありながら、迫害も受けながら日本文化をポルトガルへ手紙を通して送り続けたという。
身分もありながらなんで故国に帰らなかったのだろう?
3年余りの結婚生活というけれど、オヨネとの会話はどうだたんだろう?
その後のコハルとの生活は意思疎通はできたんだろうか?
モラエスはオヨネやコハルと同様に日本を愛したんだろうか?
遺書に日本に埋めて欲しいと残したのだから・・・

眉山の麓には神社、お寺がたくさんあった。
あまりたくさんあって不思議な感じもした。
モラエスもドイツ兵たちも四国の人たちの信仰深さに触れたのかなあ。
私も四国出身の友人が何人かいる。
みんな、おおらかで真面目な人たちである。
ドイツ橋

モラエス像

大麻比古神社

三鈷の松:葉が三本!









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