ランプの小屋のもてなしに感激したのはつい先日のようだ。
そこで、小屋のオーナーさんがいろいろ話してくださった中に、水晶岳から赤牛岳に向かう稜線に白骨があった。
2年経っても、3年経っても、警察は動かなかったので、埋めてあげた。
という話をされて「そのことは黒部の源流という本にも書かれていますね」
同行の友人が、その本を持っているという。
伊藤正一氏は三俣小屋や水晶小屋、雲の平小屋等を建設された人で、終戦後の混乱期の登山や山小屋の話というのも、なんだか時代にそぐわない気もするけれど、山を愛して登りたいと思う人はむしろ終戦を喜びを持って迎えたのかもしれない。
古来より、黒部を動物やイワナの猟場として生きた人たち。
山歩きを助けるボッカを職業とした人たち。
猟師は山賊と思われたり、その頃の乏しい装備での登山の遭難など。
わくわくしながら読んだ。
読後は地図を地図を広げてなぞって楽しんだ。
昭和39年7月10日発行の黄ばんだ本を大事に持っている友人もまた山男だ。
今では、ヘリコプターで荷揚げされて、下界と変わらないご馳走の提供を受けるようになった。
私などは、大きな荷物を持てないので、ヘリコプターの恩恵を受けてこそ登山できる訳だ。
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