2011年7月19日火曜日

カナダ旅行を終えて

本当にリッチさが信じられないことです。

カナダ旅行というと、20年前の顔から血の気が引いた心境がまず思い出されます。
20年前、友人二人、我が子二人、5人でカナダ旅行を企画していました。

その前に、阪大留学生のファミリーホストをしていました。
その中国人夫婦がカナダに職を得て、案内は任せてと、彼らが手配してくれた旅行でした。

出発1ケ月前、会社に得意先の人が青い顔で来たのを見て「ピン」ときました。
倒産、不渡り、3500万円位の負債を持つことになりました。
早速、金策に駆け回り、目途が立って「とにかく用意のできたカナダには行こう」と。

でも、2週間ほどして、別な得意先の社長がまた青い顔をして・・・・
「前途有望な若社長」として心から応援している人でした。
「借金は待つ、小口の取引先を先に救いなさい、でないと事業を続けられない」と夫は事業継続を勧めました。

そして、1月半で合計8000万円近くの負債を持つことに。
チケットがもったいないので、一人残るはずだった高校生の末っ子を休ませ、私の代わりにカナダへ送り出しました。
泣いている事務員さんの横で、真っ白な頭。
でも私の頭はフル回転していました。
「ぐずぐずしてられない!」
市役所に融資の相談に行くと、金額が大きすぎるから府の方がいい、今からすぐにここへ行きなさいといわれました。
移動することを電話すると「以前働いていた従業員が癌で死亡した」と。
途切れ途切れながらも、なついて働いてくれた日雇い労働者でした。
葬式にでて、家族と一緒に彼のアパートを片付けました。

それから必死に資金繰りをしました。
家にも精一杯の借金を背負わせ、自分たちもこれ以上はない借金を重ねました。
ところが、これから不思議な幸運が始まり、若社長も大部分の負債を返済してくれました。

必死で働いて、5年で借金返済が済みました。
でも、夫も私も疲れていました。
家だけ残ればいいという思いで会社を清算したのです。

得意先や仕入れ先の人たちが機械などを想像以上の値段で買い取ってくれました。
30年の賃工場の傷みや、改装の復旧責任は、不動産会社が家主に交渉して負担なし。
従業員も得意先などが引き受けてくれて、スムーズに転職できました。
私たち夫婦にも退職金が残りました。
思いがけないことだらけでした。

それで今なのです。
あの5年間の感情は忘れられません。
だから、今が本当にありがたいと思うのです。

知人に「搾取しているのね。」と言われたことがあります。
従業員と一緒の職場が自分たちの居場所、従業員と一緒に生活費を稼ぐ場所、それが零細企業の醍醐味だと思っていました。
だから、自信をもって「搾取」はしていません。
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